大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)842号 判決 1968年2月29日

控訴人(原審原告)

小嶋孝平

代理人

小林澄男

外二名

被控訴人(原審被告)

ケーエス商事株式会社

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは各自控訴人に対し金六一万一六七八円およびこれに対する昭和四〇年二月一〇日以降完済に至るまで年一割五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その二を控訴人の、その三を被控訴人らの各負担とする。この判決は第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは各自控訴人に対し金七六万〇六八八円および内金七四万五三五八円に対する昭和四〇年二月一〇日以降その完済にいたるまで百円につき一日金八銭二厘の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人らは当審口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

(控訴人の主張)

控訴代理人は請求原因ならびに被控訴人ら主張の抗弁に対する答弁として次のとおり陳述した。

一、控訴人は昭和三八年六月六日被控訴人ケーエス商事株式会社に対し金二〇〇万円を弁済期同年七月五日利息・損害金ともに一〇〇円につき一日金一〇銭の約で貸渡し、被控訴人小林および同河野は同日被控訴会社の右債務につき連帯保証をるす旨約した。

二、被控訴人らは右貸付金について別表(一)の控訴人主張の欄に記載のとおり元金ならびに利息損害金の支払をした。

約定の利息ならびに損害金の率はいずれも利息制限法所定の制限を超えるから、これをそれぞれ同法の制限内(利息は一〇〇円につき一日四銭一厘、損害金は同じく八銭二厘)に引直し、これを超過して支払つた分をその都度元本に充当して計算すれば別表記載のとおり昭和四〇年二月九日現在において元本の残額は七四万五三五八円、損害金の残額は一万五三三〇円となる。

三、よつて右元本ならびに損害金の残額合計七六万〇六八八円とその内の元本残に対する昭和四〇年二月一〇日以降完済に至るまで一〇〇円につき一日八銭二厘の割合による損害金の支払を求める。

四、仮りに損害金について明示の約束がなされなかつたとしても、

(1)  被控訴人らは期限後も約定の利息と同一の率(一〇〇円につき一日一〇銭)の損害金を支払つているのであるから、この事実よりすれば、期限後も約定の利息と同一の率による損害金を支払うとの合意が黙示的にされていたとみるべきである。<証拠>の記載によると、被控訴人らは期限後も右損害金を「利息」という名目で支払つているが、被控訴人らは期限後の元本以外の支払はすべて損害金であることを自白しているし、法律の知識に乏しい一般の人は金銭貸借において利息と損害金を区別することなく、期限前もその後も利息として支払つているのが通常であるから、被控訴人らが「利息」として支払つたからといつて損害金の合意がなかつたと判断するのは形式的に過ぎるのである。

(2)  仮りに損害金について黙示の合意も認められないとしても、前記のとおり被控訴人らは期限後も約定利率と同一の率で損害金の支払をしたから、被控訴人らはこのとき損害金も約定利率と同一の率で支払うことを承諾したわけである。

(3)  仮りに以上の主張がすべて認められないとしても、利息について約定があり、かつそれが損害金についての利息制限法所定の制限(一〇〇円につき一日八銭二厘)を超えている場合は、損害金について約定がなくとも、既に支払つた損害金は右の制限内において有効と解すべきである。そう解釈することは、金銭債務について約定利率が法定利率を超えるときは損害金の額は法定利率によることなく約定利率によるべきものとされている趣旨に合致するばかりでなく、一般に損害金について異なる約定をしない限りは、損害金も約定利率によるべきものと考えている当事者の意思にも副うからである。

(被控訴人らの主張)

一、控訴人主張の請求原因一、の事実中損害金につての約定がされたとの点は否認するが、その余は認める。

二、被控訴会社は控訴人に対し別表(一)の被控訴人ら主張の欄に記載のとおり元本ならびに利息・損害金の支払をした。右利息ならびに損害金は一〇〇円につき一日一〇銭の割合で支払つているので、その内利息制限法所定の利率の年一割五分の割合による額を超える部分はその都度元本に充当されたものとすべきであるから、このようにして計算すれば、昭和四〇年二月九日現在における元本の残額は二六万七〇六五円であり、同日までの利息・損害金はすべて支払ずみということになる。

(証拠) <省略>

理由

一控訴人主張の請求原因一の事実は損害金についての約定の点をのぞいて当事者間に争がない。

二右貸金について被控訴人ら主張の弁済の事実中別表(一)記載の1および3、ならびに9以下23まではいずれも当事者間に争がない。

三そこで争のある部分について順次判断する。

(1)  同表2および5について

<証拠>を総合すると、同表2記載の控訴人の主張のとおり被控訴会社が控訴人に対し昭和三八年七月五日本件貸金の元本について金一〇〇万円の支払をした事実が認められる。同表5の元本一一〇万円の支払についてはこれを認むべき証拠がない。

(2)  同表4について

乙第一号証の三はそこに記載されている金一万円が本件の貸金の元本の一部として支払われた事実を証するものとしては、十分でなく、原審における控訴本人の供述によると右の一万円は本件貸金以外の債務について支払われた事実が窺われるのであつて、他に同表4記載の弁済の事実を証するに足る証拠はない。

(3)  同表6について

この弁済の事実を証すべき証拠はない。

(4)  同表7および8について

表面の日付の部分以外の成立について当事者間に争がなく、右日付の部分について<証拠>によると、被控訴会社が昭和三八年八月五日控訴人に対し金一〇万円の支払をした事実が認められる。そして被控訴会社が本件貸金につき約定の弁済期の同年七月五日に利息として金五万円の支払をした事実(同表1の事実)は当事者間に争がなく、<証拠>によれば被控訴会社は7の右金一〇万円の支払をした月の前後の同年七・八・九月分の損害金はそれぞれ別個に支払つている事実が認められるので、右の金一〇万円は本件貸金の元本の内入として支払われたものと認めるのが相当である。控訴人は本件貸金の元本の内入として金一〇万円が支払われたのは同年九月二一日である、と主張(同表の8)するが、この点に関する原審における控訴本人の供述はあいまいであつて、前掲乙第四号証の記載(38.8.5なる日附の記載)に照し採用し難く、他にかかる事実を証するに足るものがない。

四ところで控訴人は本件貸借については遅延損害金として一〇〇円につき一日一〇銭の割合による金員を支払うべき旨の明示の合意がなされていた、と主張するが、右貸借につき当事者間にその契約書として作成されたと目される成立に争のない甲第一号証には「借用利息日歩拾銭也」とのみ記載され、その他に遅延損害金についての約定とみられる趣旨の記載がないから、右契約書の上では利息の約定のみがなされ、遅延損害金についての約定はされなかつたとみるほかはない。控訴人は原審における本人尋問において、右契約書による合意のほかに遅延損害金についての約定がされたとの趣旨の供述をしているが、この供述のみでは不十分であつて他にかかる約定がなされた事実を証するに足るものはない。

五そこで右遅延損害金に関する控訴人主張の四の各事項について判断するに、なるほど、一般に用語の上では利息と損害金との区別をせず、遅延損害金をも「利息」と呼ぶことがあり、法律用語の上でも遅延利息という云い方をすることがあるし、また利息について法定利率(年五分又は六分)を超える率の約定がある場合に、債務者が弁済期を徒過したときは、債権者は通常この利息と同額の得べかりし利益を失い、これと同額の損害を蒙るわけであるから、債務者は当然に約定利率と同一の率で遅延損害金を支払うべきであつて、この趣旨は民法第四一九条第一項但書の規定の上にもあらわれている。しかし問題は利息制限法との関連において生ずるのであつて、同法は利息の約定が第一条に定めた利率を超えるときはその超過分につき無効としているから、約定利率が右の制限を超える場合において、債権者が債務者の履行遅滞によつて蒙る損害は通常右制限の範囲内のものに限られ、それ以上に約定利率による額の損害を蒙るわけがない。したがつて同法は金銭貸借において当事者が弁済の促進又はその他の目的で特に履行遅滞による損害賠償額の予定をした場合においてのみ第一条所定の率の二倍を超えない範囲内においてその予定額を有効としたわけである。以上のように考えてくると、約定利率が同法の定める賠償額の予定についての制限額を超える場合には特に賠償額の予定について約定がなくとも任意に支払つた損害金については右の制限内において有効と解すべきである、との控訴人の主張は到底採用しえず、また債務者が期限後約定利率と同一の率で遅延損害金の支払をしても、この事実だけで、これについて黙示的な約定の成立又は爾後右損害金支払のときにおける成立を認定するのは早計であつて、かかる認定をするためには、右事実のほかに当事者が貸借に際して弁済期の定めについてどの程度の重点を置き、弁済期における弁済の可能性についてどのように考えていたか、また損害金につき特別の定めをすべき事情、したがつてかかる定めをする意思があつたか、などの諸点も併せて考える必要がある。当事者が貸借に際しこのような事項についてさしたる重要性を認めていなかつたとすれば、遅延損害金と云つても(本件訴訟の上では弁済の定めについては当事者間に争いはないが)当事者の意識としては利息と同様に考えていたものというべきであり、したがつて同法に定められた利息についての制限に服しても不合理とは云えないからである。しかるに本件において右の諸点については何等の立証もないから、控訴人の四の主張はいずれも採用しえない。

六本件貸金二〇〇万円から前記認定の元本についての弁済金をその都度控除し、更に前記認定の利息ならびに損害金の弁済金のうち利息制限法第一条所定の利率(年一割五分)によつて計算した金額(計算の便宜上、平年の昭和三八年および昭和四〇年中は一〇〇円につき一日4.109銭とし、閏年の昭和三九年は同じく4.098銭とす)を超える部分はその都度元本に充当されたものとして計算すると、別表(三)に記載のとおり昭和四〇年二月九日現在において元本の残額は金六一万一六七八円となり利息および同日までの損害金は完済されていることになる(なお計算の途上において、弁済充当の都度、円位未満の端数は切捨てた)。

七よつて控訴人の本訴請求は右元本の残額およびこれに対する同年二月一〇日以降完済に至るまで年一割五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきであるから、原判決をこのように変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(小川善吉 松永信和 萩原直三)

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